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2006/12/12 ゆうぽーと

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裸足のダンサー長嶺ヤス子さん ベイタウンに
フラメンコダンサーの第一人者、長嶺さんが、初めてベイタウンを訪れる |
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日本を代表するダンサーの長嶺ヤス子さんが、プライベートの時間を利用して幕張ベイタウンにやってきた。上の写真は、幕張ベイタウンのお店(パティオス6番街)の前で撮影。(2006年8月7日の午後7時)
長嶺ヤス子さんは1936年、会津若松市に生まれ、3歳の頃からモダンバレエを学ぶ。19歳の時、故・河上鈴子門下生となり、スペイン舞踊に進む。1960年に在学中の青山学院を中退し、単身マドリッドに留学する。血みどろの修行を経て、スペイン随一といわれるタブラオ・コラル・デ・ラ・モレリアに日本人として初めて出演し、絶賛を浴びる。その後は、ニューヨークをはじめとする色々な大舞台で活躍。国際的なダンサーとして大成する。近年では、「あるジプシーの女」や、「ガラスの糸の上で」などの公演が好評を博している。2002年、紫綬褒章を受章。
(長嶺ヤス子 公式ページより)
そんな凄い人が何故、ベイタウンにお出でになったのかといえば、長嶺ヤス子さんのバックでピアノを弾いている栗本修(ベイタウンにはしょちゅうお目見えしている)が、お互いのオフを利用してベイタウンにお連れしてくださったのである。そう、ふらっと遊びに来てくださったのである。有難い。ついでに、幕張のホテル・ニューオータニで11月に開催されるイベント(ソロプチミスト船橋主催のチャリティ・ディナーショー)の打合せも兼ねてというのもあるのだが。
長嶺さんの来訪は、そのイベントに関係するソロプチミスト船橋の方々がお迎えした。因みに、ジャイネパールの玉置セティマヤさんもソロプチミスト。ソロプチミストとは、正式名を国際ソロプチミストといって、4つの連盟(アメリカ・ヨーロッパ・グレートブリテン
アンド アイルランド・サウス ウエスト パシフィック)からなる連合体で、125カ国、約3,166のクラブ、約90,652人の会員を擁する、専門的職業を持つ女性、実業界で活躍する女性で組織された世界的規模の女性奉仕団体である。つまり、女性版のライオンズ・クラブのようなものである。

写真左上:ピアニスト栗本修氏と。(ニューオータニにて)
写真右 :同じくニューオータニにて。
写真左下:ベイタウン(ジャイネパールの前)にて
記者から見た長嶺さんの印象は、案外小柄な方で、とても可愛い感じ。優しさの溢れる笑顔も素晴らしい。それに肌が白い。「東北生まれだからよ。」と長嶺さんはおっしゃる。失礼だが、とても1936年生まれとは思えない若々しさ。身長159センチ、体重43キログラム。長い間ずっと同じ体型を維持しているそうだ。
5年ほど前に天王洲の劇場での公演を観たが、大柄(に思えた)で、鬼気迫るものを感じた。なんか怖い人ってイメージを持っていた。栗本氏によると普段は温厚な人柄だが、リハ(練習)では、かなり厳しい性格になるらしい。それだからこそあの迫力のあるステージが出来るわけなのだが。
右は、11月8日にソロプチミスト船橋が開催するチャリティ・ディナーショーのパンフレット。共演者は、ミッキーカーチス。トークショーもある。演奏は、栗本修トリオ(グレッグ・リー、マーティー・ブレイシー)。
さて、長嶺さんのベイタウンの印象は、たまたま人があまり歩いていない時間帯だったので、最初は「冷たい感じする街。私は田舎が好きだから、あまり都会の風景って好きじゃないのよ。」とおっしゃっていた。しかし、ジャイネパールのオーナーご夫妻やソロプチミストの皆様、更にはたまたま居合わせたベイタウンの住民の方々と触れ合っているうちにお考えが変わったようで、最後にはまた来たいというようなことをおっしゃっていた。いや、具体的に、いつ来れるか、などとスケジュールを考えてくださっていた。
ひょっとするとベイタウンで踊って頂けることもあるかもしれない。そうなったら凄いことだ。記者をはじめ、俺達のホームページとしても、国際的なダンサーのベイタウンでの公演を実現するために是非協力してゆきたいと思う。
2006/8/8
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| ソロプチミスト船橋の方々と会食した後の記念写真。ジャイネパールの店内。 |
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